ワシントンのフェースガードと、ゴールの裏の無数の旗。
2007年10月24日、埼玉スタジアム2002に流れていた「素晴らしい空気」
2007年10月24日。
テレビ画面を通して伝えられるその会場は、間違いなく、「素晴らしい」空気が流れている、と感じた。
この瞬間をテレビを通じて見ていることは貴重なことだと確信した・・・
私はサッカーを見ない人間である。サッカーは、基本、90分間集中して観戦する必要のあるスポーツである。野球は、投手がボールを投げてからに基本的には集中すればいい。イニングの間にはインターバルもある。元来集中力のない私にとって、サッカーは集中力を求められるが故に、自然と遠ざけていた。
2007年10月24日。この日私は体調不良で会社を休んだ。
手にしたスポーツ新聞には、日本シリーズを3日後に控えた、中日ドラゴンズと北海道日本ハムファイターズの動向を静かに伝えていた。何枚かめくると、そこには、数日前の試合で鼻を骨折しながらも、特注のフェースガードをつけて試合に臨むという、浦和レッズのFWワシントンの意気込みを大きく伝えていた。
そして、アジアチャンピオンズリーグの準決勝、という言葉が目にとまった。
なんとなくだが、アジアの頂点を目指して浦和が戦っているのだ、ということはわかった(なにせサッカーを全く見ていない)。
骨折しているにも関わらず試合に臨むというワシントンの気合い。そのことが、この試合の重要性を伝えてくれたのだろう。
私は その日の夜、テレビをつけた後に「そういえば浦和レッズの試合があったな」と気づき、途中から見始めた。
試合は引き分けのまま後半を終えようとしていた。
延長戦でも決着がつかず、PK戦。
対戦相手の城南一和がPKを蹴る際、後ろの浦和レッズのサポーターが、無数の旗を振って、集中力をそいでいる。それに押されたのか、城南一和はPKを外し、決勝に進出した。
サッカーを見ておらず、サッカーの試合の見方がわからない私だが、この試合は、とにかく素晴らしいと感じた。それは、試合内容というより、埼玉スタジアム2002を包み込む空気、そのものだった。その大きな理由は、後に知ることになる。
続く決勝第一戦のイランでの試合は、早く帰宅して前半終了間際から見た。そして、決勝第二戦は、テレビ朝日が地上波での放送を実現してくれたことに大喜びした。永井のゴール、阿部のゴール、そして、ACL制覇・・・
それ以来、私はサッカーに興味を持ち始めた。
そこで感じたことは、「野球に比べサッカーはオープン」ということだった。野球チームを作って、プロ野球入りを目指そうとしても、新規参入はなかなかかなわない。しかし、サッカーは、都道府県リーグ、地域リーグ、JFL、そしてJリーグというステップを踏むことができる。
そして、浦和レッズは、そこに「世界への道」を切り開いてくれた。都道府県リーグに所属するチームも、ステップを踏めば、いつかはACミランと戦える。浦和レッズは、サッカー関係者に大きな希望を与えてくれたのでは、と感じた。
浦和レッズのACL制覇を支えたのは、日本サッカー協会や、過去ACLを戦ったことのある他のJリーグチーム、そしてセパハンと実際に戦った川崎フロンターレなどの協力もあった。詳しくは12/20発売の雑誌「Number」にも載っているのでぜひ見ていただきたいのだが・・・
サポーターの方々の力、も忘れてはならないと感じた。
12/16に放送されたテレビ朝日の「やべっちFC」で初めて知ったのだが、あのACL準決勝第二戦のPK戦、浦和レッズのサポーターの方々が、会場内から旗を集めて、ゴールの裏に集めていたのだ。「やべっちFC」ではその試合のサポーターの方々に特別賞を贈っていたが、
私がテレビを通して見た、準決勝の埼玉スタジアム2002を流れる「素晴らしい空気」は、そこで戦う選手と、このサポーターの方々によって作られていたのだと感じた。
そこには「アジアのチャンピオンになる」ことの意義が、ビンビンと伝わってきた。サッカーに全く興味のない私でも、だ。
浦和レッズのACL制覇に携わった方々に、心から敬意を表します。
そして、素敵な時間を、ありがとうございました。
2008年は、埼玉スタジアム2002見に行きます!
2007年12月28日
BIGLOBE STARS編集長
有本和貴